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京都地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決 1991年3月27日

原告 山田麥生

右訴訟代理人弁護士 堀和幸

被告 京都市長 田邊朋之

右訴訟代理人弁護士 田邊照雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告は住民基本台帳に関する事務の電子計算機による処理に要する公金の支出をしてはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告(答弁)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は京都市の住民であり、被告は京都市における電子計算機による個人情報の処理の実施機関である。

(二)  昭和六三年一月一日から施行された「京都市電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する条例」(以下「本件条例」という)四条三項は「実施機関は、特定の事務に関し、新たに電子計算機により個人情報を処理しようとするときは、あらかじめ京都市個人情報保護審議会(以下「審議会」という)の意見を聴かなければならない。」と定められている。

(三)  被告は、昭和六三年一月四日から、住民基本台帳に関する事務の電子計算機による処理(以下「住基電算処理」という)を開始したが、審議会の意見を聴いていない。

(四)  したがって、被告による住基電算処理は本件条例に違反する違法なものであり、これに要する経費の支出は違法な公金の支出である。

また、右違法な公金の支出を放置すれば、住基電算処理には莫大な経費を要するから、京都市に回復し難い損害を生ずるおそれがある。

(五)  そこで、原告は、昭和六三年一月四日、京都市監査委員会に対し、被告による住基電算処理の差止めを請求したが、同年二月二九日請求を棄却する旨の通知を受けた。

(六)  よって、原告は被告に対し、住基電算処理に要する公金の支出の差止めを求める。

二  被告(請求原因に対する認否・主張)

1  認否

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)の事実を認める。

(三) 同(三)の事実のうち、被告が住基電算処理を昭和六三年一月四日から開始したとの事実を否認し、その余の事実を認める。被告は住基電算処理をしているが、これを開始したのは昭和六一年一一月一七日からである。

(四) 同(四)の主張を争う。

(五) 同(五)の事実を認める。

2  主張

(一) 住基電算処理は、本件条例四条三項の「新たに電子計算機により個人情報を処理しようとするとき」には該当しない。

(1) 住基電算処理実施の主な経過は左記のとおりであって、住基電算処理は本件条例施行前に昭和六一年一一月一七日の入力開始により開始されている。

昭和六〇年一一月五日 京都市助役会の審議を経て住基電算処理方針の市長決定

昭和六一年一〇月二五日 住民基本台帳記載事項の電子計算機の入力について、京都電子計算株式会社と委託契約締結

昭和六一年一一月一七日 住民基本台帳記載事項の電子計算機への入力開始

昭和六二年八月一三日 各区役所、区役所支所、区役所出張所に電子計算機端末機設置開始

昭和六二年一一月二四日 各区役所、区役所支所、区役所出張所において異動にかかる住民基本台帳記載事項の電子計算機への入力開始

昭和六三年一月一四日 各区役所、区役所支所、区役所出張所において電子計算機を利用(出力)して、住民票の写し及び住民票記載事項証明書の交付業務開始

(2) 本件条例が規制対象とする「電子計算機による個人情報の処理」とは、実施機関が一定の行政目的達成のため電子計算機を使用して個人情報の入力、蓄積、編集、加工、修正、更新、検索、消去、出力又はこれらに類する処理を行なうことをいうが、通常は入力等が単独でなされることはなく、一定の行政目的達成のため、入力、蓄積、加工、検索、出力等の個別的処理が一連の過程(システム)として組織的に結合される。したがって、本件条例四条三項の「新たに電子計算機により個人情報を処理しようとするとき」という要件に該当するのは、本件条例施行日以降に入力、蓄積、加工などのシステムを構成する個別的処理のいずれかが初めて行なわれる場合であり、本件条例施行日までに既に個別的処理のいずれかが行なわれているシステムはこれに該当しないと解すべきである。

住基電算処理も入力から出力までが有機的に結合して一体としてシステムをなすものであり、昭和六一年一一月一七日の住民基本台帳記載事項の電算機への入力開始により既に本件条例施行日前に住基電算処理が開始されている。

(3) 本件条例四条三項は文理上「…あらかじめ……審議会の意見を聴かなければならない」とされている。実質的にも、システムを構成する個々の操作ないし動作のいずれかが行なわれる時点では、システムとしては完成されているのが通例であるから、審議会の意見を聴くのには遅すぎ、審議会の意見は、システムを構成する個々の操作ないし動作のいずれかが実行に移される前、通常は、電子計算機への入力の開始前に聴かなければ意味がない。また、審議会の意見はシステム全体について聴くべきものであり、システムを構成する個々の行為を取り出して意見を聴くことは無意味である。

(4) 以上のとおり、住基電算処理は、そのシステムを構成する出力の実施が本件条例施行後であっても、本件条例四条三項の「新たに電子計算機により個人情報を処理しようとするとき」には該当しない。

(二) 本件条例は、住基電算処理を既定事実として制定されており、本件条例四条三項は住基電算処理を除外している。

(1) 本件条例の制定の契機となった「京都市電算処理に係るプライバシー保護研究・検討委員会」の答申は、住民基本台帳の電算化自体を既定事実とし、住基電算処理を実施した後の新たな行政情報の電算処理について審議会の意見聴取を提言し、これが本件条例四条三項として結実したのであるから、本件条例四条三項は住基電算処理を除外している。

(2) 立法者の意思において、本件条例四条三項は、住基電算処理以外の新たな個人情報処理について、電子計算機の利用を行なうかどうか、又、いかに利用するかについての実施機関の判断を慎重かつ適正妥当ならしめようとするための規定であり、住基電算処理を含まないことが明白である。

三  原告(被告の主張する認否、反論)

1  認否

被告の主張を争う。

2  反論

(一) 本件条例の趣旨は、市民のプライバシーの保護にあり、単に実施機関の判断を慎重かつ適正妥当ならしめようとするものに止まるものではない。本件条例四条三項の「あらかじめ」あるいは「新たな個人情報の処理」には文言上なんらの限定が付せられておらず、市民のプライバシーの保護という本件条例の趣旨に沿って右文言を解釈しなければならない。

(二) 被告は、入力開始前に審議会の意見を聴かなければ意味がないというが、入力開始前に審議会の意見を聴くべきことは当然のことであって、被告あるいは京都市は、住基電算処理についての基本的な政策が決まった段階で、まず条例を作り、審議会を設け、入力開始前に審議会の意見を聴くべきであったのにそれをしなかったものに過ぎない。

また、入力開始後であっても、その後の加工、出力等の段階において、それが市民プライバシーに重大な影響を及ぼす場合には、プライバシー保護の観点から審議会の意見を聴くべきであり、住基電算処理を新たな個人情報の処理から除くという限定はないから、出力である昭和六三年一月四日からの住民票の写しの発行についても審議会の意見を聴く必要があるというのが、本件条例の趣旨に沿う素直な解釈である。

(三) 住基電算処理を既定方針であるとし、京都市電算処理に係るプライバシー保護研究・検討委員会でも住基電算処理は前提とされていたというのは被告ら京都市当局の一方的見解にすぎない。

京都市電算処理に係るプライバシー保護研究・検討委員会は京都市における電算処理に係るデータの管理とその保護のあり方について研究検討を行ない、その結果、プライバシー保護に関する条例の制定が望ましい、今後、京都市が新たな行政情報の電算化を実施しようとする場合には、市民代表を含む審議会を設置し、その意見を聴いて実施することが必要である等の具体的方策を答申に取りまとめたのであり、右答申においては、新たな行政情報の電算化を実施しようとする場合は審議会の意見を聴くべきであるとしているだけで、住基電算処理が前提事実であるとか、出力については意見を聴かないでよい等の例外を一切設けていない。

右答申を受けて本件条例が施行されたのであるから、右答申や条例の趣旨を尊重して、条例施行後、出力の開始前に審議会の意見を聴くべきことは当然のことである。住基電算処理が議会で承認されたこととか、住基電算処理の予算化がなされたこと等は、何ら審議会の意見を聴くことに代替しうるものではない。

(四) 「新たな個人情報の処理」が入力のみに限定されないことは、審議会が既に入力された個人情報の加工、出力に該当する「京都の推計人口のデータ処理」を昭和六三年一月二六日に、「母子・父子家庭の調査」、「老齢福祉年金の現況確認」、「住民基本台帳統計の処理」を同年四月一八日にそれぞれ承認していることからも明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

原告が京都市の住民であり、被告が京都市における電子計算機による個人情報処理の実施機関であること、原告が、昭和六三年一月四日京都市監査委員会に対し、被告による住基電算処理の差止めを請求したが請求を棄却されたこと、本件条例が昭和六三年一月一日から執行され、その四条三項の規定が請求原因(二)のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  原告主張の住基電算処理の違法性について

1  原告は、住基電算処理を開始した日を昭和六三年一月四日と主張し、他方、被告は、昭和六一年一一月一七日と主張するので、まず、京都市における住基電算処理の経過を判断することとする。

《証拠省略》によると次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠がない。

京都市における住基電算処理の実施経過の概要は、昭和六〇年一一月五日京都市助役会の審議を経て住基電算処理方針の市長決定があり、昭和六一年一〇月二五日住民基本台帳記載事項の電子計算機の入力について京都電子計算株式会社と委託契約を締結したうえ、同年一一月一七日住民基本台帳記載事項の電子計算機への入力を開始し、昭和六二年八月一三日各区役所、区役所支所、区役所出張所に電子計算機端末機の設置を開始し、同年一一月二四日各区役所、区役所支所、区役所出張所において異動にかかる住民基本台帳記載事項の電子計算機への入力を始め、昭和六三年一月四日から各区役所、区役所支所、区役所出張所において、電子計算機を利用しての住民票の写し及び住民票記載事項証明書の交付業務を開始した。

右の事実によれば、住基電算処理は、その実施計画自体は昭和六〇年一一月五日住基電算処理方針の市長決定により始まり、電算機を使用しての処理の具体的な準備は昭和六一年一一月一七日の住民基本台帳記載事項の電子計算機への入力開始により始まり、その後の準備を経て、昭和六三年一月四日からその出力による住民票写し等の交付の運用が開始されたものということができる。

2  住基電算処理を実施するについては、住民基本台帳で扱うものが、個人に関する情報でプライバシーに係わるものであって、その情報の管理とプライバシーの保護が重要な問題となるので、この点に関する京都市における対応等を検討する。

《証拠省略》によると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠がない。

(一)  京都市においては、昭和三六年から職員局に属する京都市計算センターを設け、京都市の事務全般について電算化可能な義務から電算化を実施していたが、電算化する業務に関して、京都市職員労働組合(以下「市職労」という)との調整も必要になり、昭和五六年電算運営協議会を設置したが、さらに京都市は、昭和五八年住基電算化プロジェクトチームを設置し、住基電算処理の実施計画を市職労に通告した。その後京都市において、その実施が実現できるとの結論に達したので、市職労に住基電算処理の実現化の提案をし、そのとき市職労の窓口になったのが、市職労住基オンライン対策委員会であった。

(二)  そこで、京都市は、住民基本台帳を電算化すると、蓄積されたデータに基いていろいろな統計データがとれ、各種の業務が可能になり、約一一八の業務が可能だと判断して、その実現化を市職労に提案をした。

その一方で、京都市は、内部処理においても、電子計算機の利用においてはデータの保護が大切であるので、昭和五七年五月に内部規程として京都市訓令甲第一九号「京都市電子計算機処理データ保護管理規程」を制定した。

(三)  ところが、市職労との交渉の過程において、住基電算処理実施の後には、そのデータの取扱をめぐって、右管理規程では市民の個人情報に対する、特にプライバシーの保護についての危惧の念、電算処理に伴う危険性の問題が指摘されたこともあって、京都市においても、住基電算処理の実施後の対応、電算化を円滑に進めていくうえでも市民の声、市職労の意見を十分聞いていく必要があると判断した。そこで、昭和六二年二月、「京都市電算処理に係るプライバシー保護研究・検討委員会」を設置し、右委員会において、前記訓令の是非も含め、今後の市民のプライバシーの保護管理の在り方について検討をした。

(四)  右委員会において、昭和六二年八月二〇日、その結果が答申として「京都市における個人情報の保護・管理の在り方」にまとめられたが、内部規定だけで対応できるものではなく、そのための条例を制定することが望ましいとされたので、本件条例を制定するに至った。その中心となる課題はデータの保護及びプライバシーの保護であった。

3  右認定の事実によれば、本件条例の制定の契機となった昭和六二年八月二〇日の「京都市電算処理に係るプライバシー保護研究・検討委員会」の答申は、既に昭和六一年一一月一七日入力が開始された住民基本台帳の電算化の是非を論ずるものではなく、これを既定事実とし、その実現後のそのデータを利用し、これと他の情報処理機関の電算機との結合をしたりしての新たな行政情報の電算処理について審議会の意見聴取を提言し、これが本件条例四条三項として結実したものというべきである。したがって、いわゆる立法者の意思において、本件条例四条三項の「新たに電子計算機により個人情報の処理をしようとするとき」には、「新たに」ではなく既に入力が開始された住基電算処理自体を含むものではないと考えるのが相当である。

三  本件条例に基づく意見の聴取について

1  被告は、本件条例が規制の対象とする「電子計算機による個人情報の処理」とは、実施機関が一定の行政目的達成のため電子計算機を使用して個人情報の入力、蓄積、編集、加工、修正、更新、検索、消去、出力又はこれらに類する処理を行なうことをいうものと解すべきであると主張し、通常は、入力等が単独でなされることはなく、一定の行政目的達成のため、入力、蓄積、加工、検索、出力等の個別的処理が一連の過程(システム)として組織的に結合されるから、本件条例四条三項の「新たに電子計算機により個人情報を処理しようとするとき」に該当するのは、条例施行日以降に入力、蓄積、加工等システムを成す個々の処理のいずれかが初めて行なわれる場合であり、入力等の処理のいずれかが既に行なわれているシステムは該当しないと解すべきであると主張し、更に、審議会の意見はシステムについて聴くものであり、個々の行為を取り出して意見を聴くことは無意味であると主張する。

2  しかしながら、本件条例においては、そのような限定はされておらず、既に入力されたデータでも、その電算処理の出力についても、次のとおり一定の場合には審議会の意見を聴くべき場合もあると考える。

即ち、電算処理のため収集された個人のデータは、明確化された目的以外の目的のために開示利用その他の使用に供されるべきではなく(OECD理事会勧告(一九八〇・九・二三採択)「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告」勧告附属文書第二部国内適用における基本原則、利用制限の原則10参照)、このような目的外の利用、使用のための出力は、本件条例四条三項にいう「新たな個人情報の処理」に当たるのである。

3  したがって、その反面として、プライバシー保護の観点からいっても、既に昭和六一年一一月一七日住基電算処理の目的をもって入力が開始され、収集された個人情報ないし、それ以後住基電算処理の目的をもって入力、収集される個人情報は、その住民基本台帳制度に利用するという目的に利用される限り、その出力はその後に施行(昭和六三年一月一日施行)された本件条例四条三項にいう、「新たな個人情報の処理」に当たらないから、昭和六三年一月四日以降開始された個人情報の出力による住民票写し等の交付業務がこれに当たり、審議会の意見を聴かないでなされている同日以降の本件住基電算処理が違法であるとの原告の主張は失当である。

4  なお、原告は、入力開始前に意見を聴かなければ無意味であるから、被告あるいは京都市としては、住基電算処理についての基本的な政策が決まった段階で、まず条例を作り、審議会を設け、入力開始前に審議会の意見を聴くべきであったと主張するが、これは制定法令等からは導くことのできない立法論ないしは一定の立場に立った希望的意見に過ぎないものであって、住基電算処理そのものについて審議会の意見を聴くべきとの条例を設けるべきかどうかの当否はともかくとして、このような条例の制定がないからといって本件住基電算処理を違法ということはできない。

四  結論

よって、原告の請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 堀内照美)

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